hitomi's poetry
想い出(つづ)り−8 よかったね、思い出の若狭
(cici)
私の兄にビデオテープを譲り受けた。瞳の小学校4年生の時の映像だ。
兄、姉の4家族と一緒に二泊三日で若狭へ行った時の思い出が詰まっていた。
私達夫婦は無休で店を営業していたので、毎年、夏休みになると兄の家に
娘を預ける事になっていた。従姉妹(いとこ)もいるので瞳も楽しみにしていた。
この年は大勢の家族で海水浴。おばあちゃんも一緒、姉の犬まで連れてきた。
朝早く4台の車に分乗、出発進行!眠い目をこすりながらも心は弾んでいた。
小浜市の田烏海水浴場は若狭湾では京阪神方面から一番近い所に位置し、
水がとてもきれいなビーチ。朝の9時位に到着、早速、シートを広げて朝食。
大きなおにぎりに大好きなウインナ、玉子焼き、etc。伯母の手料理に舌鼓(つづみ)。
真っ青の青空のもと、浮き袋に身を包み波にユラユラ揺られて気持ちよさそう。
うまく泳げないが臆する事なく、手足をバタバタさせて水に慣れ親しんでいた。
砂浜での砂遊び、山を作ったりトンネルを作ったり、夢中になって幼子に戻る。
夜には海岸で花火遊び。夜空を彩るファンタジーに歓声や、ため息が…。
連発花火は短時間に連続で発射音と火の玉を打ち上げ、景気良く華々しい。
夜空に大輪を咲かせる打ち上げ花火は、きらびやかで迫力があり見事だが、
チカチカと小さな光の花を咲かせる線香花火には、夏の夜の風情がある。
暗闇での線香花火、囲むその輪の中に浮かぶ瞳の笑顔、可憐でいとおしい。
民宿では豪勢な料理、みんなと一緒だと好き嫌いも言わずにおいしそう。
翌日は渡船で無人浜まで移動。船のヘリで跳ねる波しぶきに見入っている。
少し離れた目的地に到着。ゆれる渡船から降りるのにビクつきながらも嬉しそう。
他に1組の家族だけ。ちょっとしたプライベートビーチ気分でのんびり過ごせる。
煙に包まれてバーベキュー。魚介類に肉、野菜、この上もなく楽しいひと時だ。
この日も水の中ではしゃいだり、水中メガネで海の中を覗いたり、貝拾いしたり…
寝床では修学旅行の様にゲームをしたりお喋りしたり、そのうちに疲れて熟睡。
天使の様な寝顔、瞳には初めての体験ばかりできっといい夢をみているかも。
私はビデオを見ながら「よかったね、いい思い出があって」と胸を詰まらせた。
そして「生きていたらこれからもっと沢山思い出が作れるのに」と思いを馳せる。
私の目からは、温い涙がポロポロと間断なくこぼれ落ちた。

※臆(おく)する=気おくれする・おどおどするの意
※間断(かんだん)なく=とぎれることなく




















想い出(つづ)り−9 ホームページで甦る
(cici)
 「これ、似てないやん、描(か)き直しいや」「いや、これが精一杯や」「似てないのん
描いても誰も喜べへんで」「・・・」。妻には絵ゴコロが無いのに横から口を出さんといて
欲しい!と内心思いながら、私は一心に描き続けた。
 昨年の春、長引く不況の影響で店(スナック)の売り上げが危機的な状況に陥(おちい)り、
打開策にと私は“似顔絵”を描き始めた。店の顧客や有名人の似顔絵を壁一面に飾り、
「にがお絵展」と銘(めい)打ってイベントを開き、話題性と顧客の満足度と他店との差別化
で巻き返そうと目論(もくろ)んだ。イベント予定日は8月下旬、店の夏休み期間中に店内を
小リニューアルをしてから開く事にした。
 毎日、仕事の合間を縫って写真を見ながら3、4人の似顔絵を描き続けた。うまいコトいか
んなあ…、うん、これはいける!自己流の中を模索(もさく)しながら、お客さんの喜ぶ顔を
思い浮かべながら筆を走らせた。う〜ん、もう200人か、もっと頑張ろ!来る日も来る日も
飽きる事なく描き続けていたある日、正確には6月29日の早朝、愛娘がある事が原因で
緊急入院をした。回復の兆(きざ)しから一変して悪化したりと一喜一憂(いっきいちゆう)の
末、あらん限りの看病の甲斐なく33日目、25歳の若さで還(かえ)らぬ人となった。
 2004年8月1日を境に、私の人生観は一変した。夢も希望もなくなってしまった。
何もかもする気がなくなった。似顔絵を描く気力も萎(な)えた。私の人生の時を刻む針が、
その日の午前10時20分でピタッと止まってしまった。主治医の死亡宣告は、私達夫婦に
とって阪神大震災のあの衝撃よりも、とてつもなく大きかった。
 生ける屍(しかばね)のように生気を失い痩せ細った私達、以前は感じた幸福感、思い
返すと今は虚しい。その日を境にこれからの残りの人生、幸せを求める事も感じる事も
無くなってしまった。妻が私に「一緒に死んで娘のところへ行こ!」と涙ながらに訴える
日々が続いた。私も以前は長生きをしたいと運動に食事にと人一倍健康に気を使って
いたが、もう、いつ死んでもいいと思うようになった。それ故一時は妻の言葉に心が傾い
た時もあった。が、しかし、悩み苦しんだ末、誰が娘の仏壇をみるのか?かえって娘が
悲しむのでは?生きながらえて最後まで面倒を看るのがせめてもの供養になるのでは?
と考えるようになった。
 現在、電子掲示板に娘の知人、友達に書き込みをしてもらい、私がその内容を仏前に
報告をして娘とのコミュニケーションを図っている。私はホームページを通じて若い人達と
触れ合っているうちに自分自身も生きる望みを徐々に取り戻してきた。再び似顔絵を描
き、一度頓挫(とんざ)した「にがお絵展」を開催する事を当面の目標としている。また次
々に膨らむ夢の実現を目指して今、意欲と希望に燃えている。

※頓挫=それまで順調に進んで来た計画等が何かにつまずいて中止になる事。



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