慕嬢詩 『煙突の煙』

 雨の日以外の午前は、妻と旧堺港の周囲を散歩をしている。
 港を囲む遊歩道に入ると、対岸の龍女神像がまず目に入る。
 その後ろの工場の煙突から出る煙を見て、当日の風の向きや風力を話のネタにする事がある。
 左手には工場群の9本の煙突がそびえているが、私達が行く時間帯は煙がまったく出ていない。
 その周囲の広大な臨海工業地帯は、私が堺に来た53年前は全盛期でその煙突の煙で空はいつも灰色だった。
 その為に市役所の玄関先には、光化学スモッグ情報の大きな電光掲示板が設置されて日々の数値を表示していた。
 もともと喉が弱かった私は、大気汚染の影響を受けて気管支喘息にかかった。
 咳や痰がひどく、医者から処方してもらった内服薬や吸入薬が効かずに苦しんだ。
 ところが沖縄に1週間程旅行をすると、知らないうちに咳や痰が治まっていた。
 クリアーな沖縄の空とは対照的に、堺の空が如何にばい煙で汚染されていたかを思い知った。
 今は50年前とは空の色が雲泥の差で、かなりクリアーな空になっている。
 その青い空に工場の煙突の煙が溶け込んでいく様子を眺めると、ふと昔の情景が重なった。
 あれは17年前、火葬場の煙突からの一条の煙は静かに、風ひとつない夏空へ形もくずれずに消えていった。
 その時に、早い旅立ちをした娘の面影が脳裏によぎった。

#慕嬢詩 #煙突の煙 #チャレン爺有村 #有村正



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