慕嬢詩 『バトンタッチ』

 43年前、雨のしづくを受けてアジサイが色鮮やかに花を咲かせる6月、父は80歳の時に静かに息を引き取り生涯を閉じた。
 そしてその3か月後、裏庭に咲くコスモスが金色の日ざしに揺れる頃、娘が大きな産声を上げてこの世に生を受けた。
 私は30歳の時に娘を授かり父親としてのバトンを受け継ぎ、その役割の重大さをひしひしと感じた。
 夜泣きやぐずりで寝不足、成長ごとに育児法がどんどん増えて、初めての経験に嬉しくも苦闘の毎日だった。
 両親は鹿児島から身内も親戚もいない大阪に出てきて、一人の子供でも大変なのに11人の子供を育て上げた。
 特に父親は一家の大黒柱として大勢の家族を養うために必死に働いていたが、その大変さは計り知れない。
 私は父の背中を見て育ったので一生懸命働いた。42歳の時、バブルの波に乗っていた私はカラオケボックスを新たに開業した。
 がしかし、1年後にバブルが崩壊、それでも暫く頑張ったが回復する見通しもなく、多額の借金が増えたのであえなく閉店した。
 私は借金返済のために今の店で年中無休で働いた。子育てを共働きの妻に任して必死に働いた。
 娘にはこの時からの約12年間、寂しい思いをさせた。そして娘は肺を患い25歳の若さでこの世を去った。
 この時、私はバトンを落としてしまった。もうバトンを繋ぐ後ろがいなくなった。 
 次の世代に引き継いでいくという重要なバトンタッチを私は果たせなかった。
 
※慕嬢詩(ボジョウシ)=亡くした娘を慕う気持を綴った詩・文。私の創作語。
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