●慕嬢詩『卵焼き』




 あらゆる物の値段が上がり、スーパーの食料品売り場で足を止めることが増えた。特にため息が出るのは卵の値段だ。昭和の頃、「物価の優等生」と呼ばれ、家計の味方だった卵が、今では1パック300円を超えて並んでいる。
 卵を見ると、市場の中で食堂を営み毎日のように卵焼きを作っていた頃を思い出す。卵焼き器で何本も焼き上げる卵焼きは、いつしか私の得意料理になっていた。
 家でも時々作ったが、娘は決まって「お父さんの卵焼き、おいしい」と目を細めて嬉しそうにかぶりついた。その顔がうれしくて、私は少しだけ甘めの味付けにした。
 中学生になった娘の弁当は、妻と二人で作ったが、私は主に卵焼き担当だった。唐揚げやハンバーグのような主役ではないが、卵焼きが入っていない弁当はどこか物足りない。黄色くふっくらとした卵焼きは、家族のぬくもりそのものだったように思う。
 娘が病魔に冒され、先立ってから久しくなる。現在の店で、付き出しに時々卵焼きを作るが、その時は自然と手に力が入る。箸で上手に持ち上げ、口を大きく開けて頬張りながら「おいしい」と笑っていた娘の姿が、今も脳裏によみがえるからだ。
 卵の値段は変わり、時代も移り変わった。しかし、卵焼きに込めた父親の愛情だけは、あの頃のまま少しも色あせてはいない。
※慕嬢詩(ボジョウシ)=亡くした娘を慕う気持を綴った詩・文。私の創作語。
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