短編小説・真夏(まなつ)の夢 (14/8/15)

 私は(さかい)市内でスナックを営んで35年になる。営業時間は一応夜8時から深夜の2時までだが、お(きゃく)さん
によっては()わるのが4時になる時もある。
 以前、若くて体力(パワー)があった頃は、もっと遅くまで…?いや、朝早くまで営業していて6時までの営業はザラ
で、最高(さいこう)は35歳の頃に朝の9時まで営業をした(こと)があった。
 酒に酔い真っ赤な目をしてお(きゃく)さんを送り出したら、太陽はもちろんのこと、溌剌(はつらつ)とした通行人や向かい
の会社の社員の働く姿がやけに(まぶ)しく見えて目が痛かったのを覚えている。
 それから30年後のある真夏(まなつ)の夜。営業時間前の午後7時半、自宅に「NPOの会合(かいごう)が終わってから20人
で打ち上げの飲み会をするので、店を(はや)めに開けてくれへんかなあ。それと飲み放題で頼むわ」との電話(でんわ)
がお(きゃく)さんからあった。
 店の準備(じゅんび)はしていないし20人分の一品の用意もしていない。前日は久々に朝の5時まで営業をしたので
疲れ果てて後片付(あとかたづ)けが出来ず、10数人分のグラスや一品の小鉢を流し台(シンク)()まったままだ。それに20人
も団体で来られたら常連(じょうれん)さんが入れない。その上に早い時間だと私一人で対応しなくてはいけない。
 「ちょっと、無理(むり)かな」
 一瞬ためらったが、最近はずっと不景気で、店で(ひま)をもてあそばせている自分の姿がチラッと脳裏(のうり)に浮か
んだ。それを考えると(ことわ)るわけにはいかない。
 「一人2500円、2時間半飲み放題で8時に来て下さい」と返事して、私は身支度(みじたく)もそこそこに店に急行した。
 午後7時45分、店の前にはすでに数人が来ていて私の顔を見るなり「早よ店を開けてや」と催促(さいそく)した。急い
でボックス(せき)やカウンター(せき)を片づけている時に全員が集まり、とりあえずそれぞれが気に入った(せき)に着い
てもらった。私が20人分のグラスを揃える(ため)流し台(シンク)の中のグラスを洗っている時に幹事(かんじ)さんが気を()かせ
て飲み代を徴収(ちょうしゅう)してくれたので助かった。
 「カンジの()いカンジさんや」
  と心の中で思ったが、こんな時にダジャレが出るのは余裕があるのか、それとも(あせ)る気持ちを落ち着か
せる(ため)にとっさに思ったのか?
 まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく私は20人分の付き出しを手際(てぎわ)よくセットして、一品料理の代わり
に冷凍庫にあった冷凍の枝豆(えだまめ)3袋を()でて一品皿に小分けして出し、続いて注文のチューハイ、ハイボール、
水割り、コークハイ、ウーロン茶、ジンジャエール、コーラと色々な飲み物(ドリンク)を、戸惑(とまど)いつつも間違う(こと)なく次々
(つく)った。
 「マスター、テレビに出てなかったか?見た(こと)があるで」メンバーの中の一人が話しかけた。
 「ああ、あるで。これで…」と両手首を合わせて手錠(でじょう)をかけられたジェスチャーをした。
 「まさかぁ、冗談(じょうだん)上手(うま)いなあ。テレビではマジックみたいなんをしてたで」
 「マジックと(ちご)て、スナック(げい)やわ。スナック(げい)で何回かテレビに出たからなあ」
 「スナック(げい)て、何?」
 「マジックは大体タネがあるけど、スナック(げい)はタネがあれへん。しやからコツを(つか)んで練習したら誰でも
出来(でき)るで」
 「いっぺん、スナック(げい)を見せてや」
 「今、手が放されへんから、(あと)で見せるわ」
 飲み放題なので、お(きゃく)さん達は遠慮(えんりょ)なくジャンジャン飲み物(ドリンク)のお代わりをする。私は息をつく間もなく次々
と注文にこたえた。そして1時間半ほど経過して少し手が()いた時にとっておきのスナック(げい)を一部のカウン
ター(せき)の人に披露(ひろう)した。
 私はコーラの缶を斜めに立たせるスナック(げい)をした後、十八番(おはこ)であるミネラル(びん)の上に一升(びん)を斜めに立
てるスナック(げい)に挑戦。ざわついていたので気が散り少し手こずったが何とか成功。固唾(かたず)を飲みながら見て
いたお(きゃく)さんが「ウワー!」と喚声(かんせい)を上げたので、他の皆んなも注目をした。
 簡単なスナック(げい)を練習したり、カラオケでヒートアップしたり、趣味や仕事(しごと)の話をしたりと、飲み会は(おお)
()り上がった。
 やがて約束の時間をオーバーした午後11時前に、このメンバーの歌姫(うたひめ)の美声で締めくくり、ようやくNPOの
メンバーが()けた。
 「さすが、歌姫(うたひめ)は元バスガイドだけあって抜群に上手(うま)かったなあ」と余韻(よいん)(ひた)りつつも「こんなに()いたのは
初めてや」と思いながら、乱雑(らんざつ)に散らかったカウンターやテーブルを片づけ、トイレの掃除を終えてからカウン
ターで一息(ひといき)ついた。
 「自分(じぶん)ながら、ようやったわ」
 クタクタになりながらも(えつ)に入っていたら1組、また1組とお(きゃく)さんが間をおいて来店。先ほどまでの(あわ)ただ
しさが一変(いっぺん)して人数が少ないのとママが出勤していたので楽勝(らくしょう)だった。
 「今日はエエ仕事(しごと)をしたわ。またこんなおいしい仕事(しごと)があったらエエのになあ」
 店のシャッターを閉めながら、充実した一日に満足感が(ただよ)った。
 仕事(しごと)を終えた深夜2時半をまわった草木も眠る丑三(うしみ)つ時、私は車上荒らしが気になり駐車場に向かった。
 というのは、新しい車に乗り換えて半年になるが、駐車場が人通りのない辺鄙(へんぴ)な場所にある(ため)に、4回も
車上荒らしに()っている。聞くところによると、私の車だけでなく、他の人の車も何台か被害に()っていて車
上荒らしにとっては絶好の穴場(あなば)らしい。
 だから私は寝ても()めても気になり、仕事(しごと)中の合間も仕事(しごと)が終わってからも、時々愛車の様子を見に行く
のが日課(にっか)になっていた。
 駐車場は店から徒歩で4分ほどの(ところ)にあるのだが、その日も駐車場へ続く薄暗い道を「犯人はどんな奴や
ろ?いっぺんとっ(つか)まえたいなあ」と思いながら歩いていた。
 すると、何処からともなく「キャーーーッ」と闇夜(やみよ)を切り裂く甲高(かんだか)い女性の悲鳴(ひめい)が町内に響いた。
 私は悲鳴(ひめい)がした方角へ走っていくと、道路の脇に若い女性が自転車ごと倒れていて、若い男がその女性
の腕を(つか)んで四輪駆動車(よんく)に無理やりに押し込もうとしていた。
 「オイ、コラ!(なに)してんねん!」
 私は一喝(いっかつ)すると男がひるみ、女性の腕を(つか)んでいた手を>(ゆる)めた。その一瞬のスキに若い女性は目にも
止まらぬ早業(はやわざ)で自転車を起こして飛び乗り一目散(いちもくさん)で暗闇の中へ消えた。私は拉致未遂男(らちみすいおとこ)に説教をしはじめ
たら、その男は不敵(ふてき)笑みを浮かべた後、「(おぼ)えとけよ」と捨て台詞(ぜりふ)()いて車に乗りその場を去った。
 帰宅(きたく)をしてから妻にその(こと)を話すと、「アンタ、もう66歳やで。若くないんやから気を付けんなアカンよ」とか
男気(おとこぎ)を出さんと警察を呼びや」とたしなめられた。言われてみて初めて気が付いたが、犯人が複数いると
年寄りの私だったら返り討(かえりう)ちに()っていたかも知れない。
 それから数日後のある夜、自宅玄関(げんかん)(とびら)の付近でゴトゴト、ギィギィと異様(いよう)な音がしたので玄関(げんかん)に行くと、
誰かが鉄テコ(バール)の様なモノで(とびら)を無理やりにこじ開けようとしていた。
 「この前の拉致未遂男(らちみすいおとこ)や!」
 ピンときた私は玄関(げんかん)の脇に置いてあったシャッターの棒を持って、「コラー!」と声を荒げてその男に立ち
向かい、年を忘れてバトルを繰広(くりひろ)げた。
 その最中に背後から「キャーッ、パパッ、助けて〜」と娘の悲鳴(ひめい)が聞こえた。
 男の仲間が娘の腕を(つか)んで拉致(らち)しようとしている。娘を助けに行こうとすると仲間がまた一人増えて私の
行く手を(さえぎ)った。
 「パパー、パパー、助けてー」娘の泣き叫ぶ声が(とお)ざかる。
 「何とかせなアカン!」と気持ちが(あせ)るも、私は羽交(はが)い絞めにされて身動きが取れず切歯扼腕(せっしやくわん)する。
 「ひとみー!ひとみー!」と私はあらん(かぎ)りの声を張り上げた。
 が、その途端(とたん)にスッと場面が火葬場の炉前ホールに変わり、(ひとみ)の遺体が火葬炉に入れられる瞬間だった。
 「ひとみー!ひとみー!()かんといてくれー!」
 私は傍目(はため)(かえり)みず火葬場内に響き渡るほど、あらん限りの声を張り上げて絶叫(ぜっきょう)したが、私の切なる願いも
届かず、無情にも火葬炉の(とびら)が閉まった。
 「あ〜、もうこれでお終いや」と落胆(らくたん)した時に、フッと目が()めた。
 私は寝汗でビッショリだ。布団の中で、10年前に(ひとみ)と涙の別れをした火葬場の炉前ホールでの情景を思い
浮かべては(むね)をつまらせた。
 しばらくして、ふと(われ)に返り「店が忙しかって喜んだのも夢やったんや」と残念に思うと、どっと疲れがでた。
 切歯扼腕(せっしやくわん)=怒り・くやしさ・無念さなどの気持ちから、歯ぎしりをし腕を強く握り締めること。

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