今月のテーマ(捨てられない一品

★結婚前に交わしたラブレター
 今では読み返す事もなく、引き出しの奥にしまいこんでいるラブレターの束。結婚する前、東京に住んでいた夫と仙台にいた私との間を、毎日の様に1年間行ったり来たりした手紙だ。
 新婚の頃は、夫婦喧嘩をしては読み返し、「いい奥さんになろう」と反省したり、「こんな事を言ったじゃないの」と、喧嘩の逆襲に使ったり。間もなく結婚36年目を迎える私達にとっては、目にするだけでも恥ずかしいものになっている。
 3年前の引越しの時、ラブレターを前に、何の役にも立たないし、いつか、誰かに読まれる事を想像して、「捨てるチャンス!」と自分に言い聞かせたが、やはりためらった。
 「その気になれば、いつでも処分できるからいいか…」。こうして今も、我が家の引き出しの奥深くに眠っている。
(仙台市 長谷川登美)

★亡き父が作ってくれた服
 私の両親は、婦人服の仕立てをしていました。長女として生まれた私の為に、父は沢山の洋服を作ってくれました。正月に着る洋服などは、みそかに仕事納めの後、私の為に夜なべで作ってくれている姿も覚えています。
 私のお気に入りの洋服を大事に取っておいてくれたので、実家から何度か持って来ました。3人娘の母となった私は娘に着せようかと思いましたが、着られそうな服は、ほんの数枚。デザインが古い事や、オーダーメードなのでスタイルが合わなかったり。
 今は着れなくなった洋服は押入れの奥にしまってあります。「仕立ても服地も高級品」の思い出の服を捨てる事は出来ません。
 これらを見るたびに、今は亡き父の私への愛情を感じ、当時の私自身を見る思いがしています。モノがあふれている現代ですが、「心こそ大切」という事を娘達に伝える為に、時々取り出して語っています。
(東京都葛飾区 福原悦子)

★切り裂かれた子供のパジャマ
 今から20年前、4歳になったばかりの息子に突然、病気が襲いました。
 4歳といえば、まだまだ親に甘えたい年頃ですが、病室は6人部屋で、面会は週3回の限られた時間だけ。そうして1日中、ベッドの上での入院生活を強いられていました。
 ある日、面会に行った時の事。息子の姿とともに切り裂かれたパジャマが私の目に飛び込んできたのです。「どうしたんや?」と子供に聞くと、看護師さんに、ハサミを借りて「自分で切った」と言うのです。それは当時、テレビで放送され、人気を集めていた大好きなシャイダーのパジャマでした。
 私は「どうして4歳の子供に、ハサミを渡したのか」と怒りで看護師さんに詰め寄りました。
 しかし、後から冷静になって「大人でさえ、つらい入院生活を小さな体で受け止め、どれほど耐えていたことか」と思うと、胸が痛み、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
 その後、100日の入院生活を経て無事退院。現在、息子は名古屋の地で就職し、元気で頑張っています。私は、あの時のパジャマがどうしても捨てられず、今なお大切にしまっています。
(大阪府堺市 主婦 51歳 S・I)

★切ない記憶とままごとセット
 1年間使用しない物は処分する事が整理整頓の極意といわれていますが、私は収納できない物は思い切りよく捨ててしまう習性があります。ですが、永遠に捨てられない物があります。
 それは、陶器製の「おままごとセット」です。白地に青でツタの葉模様が描かれていて、オードブル皿、カップ、ミルク入れ、フタ付きのお菓子入れがあり、精巧に出来ています。
 幼い頃、母に連れられて買い物に行った先のおもちゃ売り場にあったものです。私はどうしても欲しくなり、「ならば誕生日に」という事で買ってもらいました。
 しかし、そんな贅沢なプレゼントとは裏腹に、両親の仲は険悪でした。平穏な日はなく、喧嘩し合う家族の声を背中で聞きながら、小さな庭に敷いたゴザの上で悲しい思いを抱いて、一人でおままごとをしていたのを覚えています。
 今見ると「こんなに小さい物だったのか」と思いますが、当時の日だまりの匂いと、せつなさを思い起こす品なのです。
(埼玉県入間市 大島穂波)

★タンスの中で眠る振袖
 長女が来年、成人式を迎えます。亡き両親が買ってくれた私の振袖は、成人式、謝恩会、友達の結婚式の3回だけ、袖を通した高価な思い出の品です。
 25年ぶりにタンスから出し、娘が袖を通してみました。私より10cm身長の高い娘には裄(ゆき)も丈も足りません。
 仕方なく娘のお気に入りの振袖を選び、前撮り写真も出来上がってきました。早速、夫の両親に見せに行くと、「良く似合っているね」とうれしそう。
 次に、私の両親のお墓へ。「あなたの大切な孫娘がこんなに大きくなりました。大きくなり過ぎて、私の振袖は着れませんでした」と報告しました。
 それぞれの両親が、娘の成長に合わせて買ってくれた浴衣や和服とともに、私の振袖もまた、静かにタンスの中で眠る事になりました。「いつの日か、私の孫娘が成人式を迎えるその日まで、お休みなさい」
(東京都中野区 主婦45歳 K・H)

★青春時代を共にした巾着袋
 我が家には、15cm四方の手縫いの巾着袋があります。同じ柄の布で、ヒモまで手作りです。端から少し、ほどけつつありますが、私にとっては、どうしても捨てられない品です。
 私が小学1年生の時に、母親が作ってくれました。「1ねん7くみ ぬまた あきこ」と書かれ、いつもランドセルの横に、ぶら下げていたのを覚えています。高校生の時も、ハンカチやティッシュを入れて持ち歩いていました。
 高校卒業の翌日から看護師になる為、寮生活を開始。以後、この巾着袋を見ては親に心配や迷惑を掛けられないと涙をぬぐって頑張り抜いた事が思い出されるのです。
 結婚して実家の近くに住居を構える事が出来た今は、3人娘がこの袋におもちゃなどを入れ、大事に使ってくれています。「もう少し頑張って働いてね」と、袋に話し掛けながら、今日も娘のおもちゃを入れています。
(兵庫県高砂市 看護師 33歳 A・A)
次回のテーマは「私の好きな国」です。面白いお話をドシドシお寄せ下さい。
次回の発表は5月16日の予定です。