今月のテーマ(私の宝物)

★我が家の女神と救世主とコピー
 私にとって宝物は、3人の娘です。日頃、長女は私の“女神”、次女は“救世主”、三女は“コピー”と呼んでいます。
 “女神”は、とてもまじめでまっすぐな性格。時に私を正しい方向へと導いてくれます。“救世主”は料理が大好き。私が時間のない時など代わりに台所に立ってくれます。“コピー”は、私の良い面、悪い面を映し出してくれる鏡のような存在です。
 同姓という事もありますが、半面、教えられる事も多く、“育児”は、やはり“育自”である事を痛感させられる日々です。
 「子はかすがい」と言いますが、彼女達は、まさに夫婦の大切な「かすがい」です。「ママとパパの宝物は何?」と、聞かれて間髪入れず「子供」と答える私達に「どうして?」と問われた事もありますが、それが真実であり、理由の入れる余地はありません。 
(44歳 主婦 福原悦子)

★親の愛がこもった2足の靴
 「いいもの見せてあげる」と母が玄関で呼ぶ。靴箱の奥から紙袋を取り出した母。出てきたのは私が幼い頃に履いていた2足の靴だった。
 「あなたが初めて履いた靴よ。おしゃれでしょ」と言う赤とクリーム色のツートンカラーの革靴は、デザートブーツ型で編み上げになっている。もう1足は5、6歳の頃に履いていた深みのある赤い靴だ。
 昭和20年代後半、母は家計を切り詰め、自分のおしゃれより一人っ子の私にパーマをかけたり、しゃれた服を着せたりしてくれた。靴もそのうちの一つだったのだろう。
 母が初めて小さな靴を披露して私を感動させたのは、私が25歳の時だった。そして、私の40歳の誕生日に小さな靴は私に贈られた。
 靴は私自身でもあり家族の歴史でもある。私を産みはぐくんでくれた両親への感謝の思いの象徴として、大事に残しておきたい私の宝物である。
(自由業 53歳 山本由美子)

★55年前の古びた1枚の写真
 いつまで経っても戦地から帰らない主人を待つこと0年余。結婚を約束した訳でもないのに不思議な2人だった。
 終戦後、主人と初めての日帰り旅行の折、袋田の滝を背にして写した懐かしい1枚の写真がある。古びて変色したものを修正し、引き伸ばして見て驚いた。2人が何とも初々しくすがすがしい。「うそみたい!」。家中で笑いが止まらない。
 あれからもう55年。長い人生の中には山あり谷あり。でも、今振り返ってみると苦労は希望につながる道だった。
 主人は80歳まで技術者として活躍。私は50歳の時、専門学校に学び、卒業後、書道熟を開いて30年になる。2人の夢が共に実現し、輝きの日々の中で今、私達は生きている。しかも、どんな事があっても“負けない心”を持って…。
 こんな素敵な人生もこの1枚の写真から始まった事を思えば、私達にとってこのお写真は大切な宝である。
(福島千枝 79歳)

★亡き祖父の励ましを感じる指輪
 「おまえ、その指輪を捨てろ!」。私の左手首の古びた指輪を指し、主人が叫ぶ。「これだけは捨てられない」と言い張る私。
 この指輪は亡き祖父の形見であり、これこそ私にとってかけがえのない宝物なのだ。
 祖父は、私がつらい時や苦しい時によく励ましてくれた。祖父が20年前に亡くなった時、叔母が少しばかりお金をくれた。私は百貨店の宝石売り場に行き、丸いサファイアの指輪を買った。お金を物にして残せば、きっと私自身の励みになると思ったのだ。
 この指輪を見る度、祖父が「しんりがく、真理子、頑張れ」と、今もエールを送っている気がする。
(主婦 37歳 辻井真理子)

★定時制高校に通った4年間
 子供の頃から戦争が続き、青春時代はモンペをはいて敬礼をしてから職場に入り働いた。そんな私が63歳の時、定時制高校の門を叩いた。
 しかし、「中学も出ていない、英語も知らないではどうにもならない」と言われた。私は「このチャンスを51年間待ち続けたんだ」と思い、翌日に再び高校へ行き、「中学は出ていないが日本語だけは読めます!」ときっぱり言った。それから4年間、思う存分勉強に明け暮れ、無事に卒業を果たした。私にとってこの4年間は、人生の中で一番楽しく、かけがえのない宝物になった。
(77歳 藤田麻希子)

★孫から送られてきたFAX
 小学5年生の孫から次のような詩がFAXで送られてきた。
 戦争 中村 光生
 戦争という争い
 多くの犠牲者がでる
 国と国とが争い
 罪のない人が死にいたる
 ぼくはそんな戦争がきらいです
 国語の授業で作り、先生が誉めてくれ、印刷にしてくれたのだそうだ。
 私の次兄は1945年にフィリピンで戦死。とりわけ母の嘆きは大きかった。私は戦争の残酷さ、恐ろしさを孫にも話して聞かせたのだが、孫はそれを覚えていて先の詩を作ったという。
 孫には、平和を祈り実現していく次代の後継者に、ぜひとも成長して欲しい。生命の貴さを訴え続ける青年に育って欲しい。そう願い続ける私にとって、この1枚のFAX用紙は最高の宝物だ。
(主婦76歳 中村陽子)

★不妊治療で授かったわが子
 結婚11年を迎える私達夫婦には今、もうすぐ6歳になる息子がいます。なかなか子宝に恵まれず、結婚4年目に意を決して不妊治療に取り組みました。治療すれば、すぐにできるかもしれないと期待していましたが、それからが闘いでした。
 排卵誘発剤の副作用で、おなかが張り、吐き気を伴うので食欲が出ません。生理がくれば生理痛との闘い。毎月その繰り返しで、治療費だけが飛んで行きます。一旦治療先の病院をやめてみようと決めた矢先に妊娠している事が分かりました。その時の喜びようといったらありません、涙がとめどなくあふれました。
 あれから6年、夢にまで見た子育ての毎日を過ごしています。いたずら盛りの年頃ですが「生まれてきてくれて本当に有難う!」と、かけがえのない宝物に感謝、感謝の日々です。
(小児科医 38歳 林昌子)