(ひとみ)

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古希 (18/5/15)
 私は今月の18日でいよいよ70歳になる。世間でいう古希である。
 “コキ”…私は仕事人間で、体をコキ使ってきたので自分にふさわしい響きだ。
 それに関節もコキ、コキと叫んでいるし…。
 冗談はさておいて、昔は人生50年と考えられ、還暦の60才を迎えられる事が長寿の証(アカシ)と言われていた。
 それが70才を迎えられたというのは、非常に稀(マレ)だという意味から、古稀を祝う様になったと言われている。
 ここまで来られた私の人生も稀で、何度も精神的に落ち込んで、今こうして元気にいられるのが不思議なくらいだ。
 両親や世話になった兄姉(ケイシ)との死別、離婚。その時に次女を手放した事。幾度かの商売失敗と多額の借金返済…。
 しかし、それらよりも最も辛かった事は、若くして長女を亡くした事である。
 暫らくは立ち直る事が出来なかった。仕事人間の私が仕事も手につかなかった。14年たった今でも引きずっている。
 そんな私が元気でいられるのは天国の両親や兄姉、それと娘の応援があるからだと思う。
 古希と言えば世間では「おじいちゃん」と呼ばれて当たり前の歳だ。
 しかし、私にはそう呼んでくれる孫がいない。娘が生きていたら40歳、結婚して子供がいてもおかしくない歳なのに…。
 いくら嘆いても娘がいなくてはどうしようもない。
 それならば、いつまでも元気で生き抜き、天国からエールを送ってくれているみんなを安心させよう。
 その為に、健康管理に勤めて体力の続く限り仕事をしたり娘のHPを更新して、元気な私を発信しようと思いを新たにした。
登美丘高ダンス部 (18/3/15)
 先日、産経新聞の堺泉北コーナーで『登美丘高ダンス部 特別功労者表彰』の見出しを目にした。
 『バブリーダンスで話題の府立登美丘高校のダンス部が、堺市特別功績者に選ばれ、26日、堺市役所で表彰式が行われた。
 同部は昨夏、日本高校ダンス部選手権で準優勝。そこで披露したバブル時代のOL風の衣装で踊る“バブリーダンス”が一躍話題となり、昨年末のNHK紅白歌合戦に出演するなどした。
 市は、同部の活動が市のPRに寄与したとして表彰を決定。同市の竹山修身市長から表彰状を受け取った同校3年、梶原萌さんは「こんなに話題になるとは思わなかった。毎日練習し、それが認められてうれしい」と話し、同3年、目黒菜々子さん(18)は「タイトスカートをはくので踊りにくかったり、細かいところまで踊りをあわせたりと難しかったが、懸命に練習しました」と笑顔を見せた。』

 私の住む同じ町の子たちという事もあるが、妻の姪っ子の出身校という事もあり親近感がわき、テレビの番宣で登美丘高校ダンス部の名前が出るたびに妻と一緒に見ていた。
 一生懸命頑張って夢を実現させた彼女たちの姿を見るたびに感動させられていたので、特別功労者表彰の記事を見てうれしく思った。
 準優勝ながら、ユニークな振り付けとハツラツとした踊りで数々の音楽番組やテレビCMに出演して多くの人を釘付け、話題性では優勝校を遥かに凌いだ。
 今年に入って、ヒュー・ジャックマン主演の映画『グレイテスト・ショーマン』のPVにも出演、YouTubeで彼女たちのエモーショナルかつエネルギッシュなダンスを見て胸を熱くした。
 更に同校ダンス部キャプテンが、高校卒業と同時に芸能界デビューするとか。彼女は夢の実現に向けてスタートラインに立った。
 亡くなった娘の瞳もダンスが大好きで生前、「東京に行ってダンスの勉強をして有名になりたい」と言っていたが、瞳は天国から羨ましく思いつつも、彼女たちにエールを送っているに違いない。




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