●慕嬢詩『思い出の貴船』


 梅雨が明けて暑さが本格化する頃、妻と娘と3人で京都の奥座敷・貴船を訪れた。目的は人生初の“流しそうめん”。山あいに広がる貴船は空気はひんやりと澄みわたり、街の喧騒が嘘のようだった。
 川床に案内されると、足元の板の下を清らかな川がサラサラと音を立てて流れている。思わず娘が「わぁ、床(ユカ)の下に川が流れてる!」と目を輝かせた。緑の葉が風に揺れ、鳥の声が遠くから聞こえる。自然が織りなす静けさの中、しばし時が止まったような心地に包まれる。
 そして始まった流しそうめん。竹の水路を伝って流れてくるそうめんを、娘は夢中になって箸ですくい上げる。「とれた!」と声を上げては笑い、取れなかったときもまた笑う。透明な水とともに、そうめんの喉ごしが心地よく、身体の奥まで涼が染み渡っていくようだった。
 食後には、貴船神社まで足をのばした。樹木が生い茂る参道はまるで天然のトンネル。木々の隙間からこぼれる光が、苔むした石段と両側に延々と立ち並ぶ朱色の灯篭を美しく照らしていた。
 神聖な空気に包まれながら、3人で手をつないで歩くひと時は、夏の思い出の中でもひときわ鮮やかに残っている。自然と共に味わう食、そして心洗われる静寂。貴船での一日は、ただ涼をとる以上に、娘の笑顔とともに、私の心にもしっかりと涼風を届けてくれた。
 これは三十五、六年ほど前のこと。娘の笑顔と豊かな緑と川のせせらぎとそうめんの白い流れが、夏の思い出として今でも胸の奥に涼しく優しく揺れている。



※慕嬢詩(ボジョウシ)=亡くした娘を慕う気持を綴った詩・文。私の創作語。
#慕嬢詩 #思い出の貴船 #心に残る詩 #チャレン爺有 #スナックタイガース #堺でおもしろい店・人 #有村正


●back

●hitomi-top

●next

MYホームページ 愛netコミュニティ